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ホームページをリニューアルしました。 [おしらせ]

 この12月に、新しいホームページを立ち上げました。

http://yamamotoseikeigeka-cl.jp/

です。当分は現ホームページと並列ですが、順次移行していきます。今後の情報は新ホームページにアップします。またブログも新ホームページにアップしていきます。ぜひ見に来てください。

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是か、非か [医療]

 何をもって是とし、何をもって非とするのか。最近考えるときがあります。

 臍帯血を使った再生医療の触れ込みで、違法行為を行ったとして医師らが逮捕されました。営利を追求し、実証のないことをあるようにみせかけた行為については論を待たないところですが、不治の病に冒された人にとって、実証がなくても可能性がゼロでないものがあるのなら、それに賭けてみたいという気持ちを否定することはできません。実証のないことを人にする場合は、やる側の知識と技量、そして良識が大事かと思われます。今回医師が逮捕されたことについては、同職として情けない思いです。そういうことをする場合はかならずデータをまとめ、専門識者の集まる場で結果を公表し、評価を受ける。そしてそれを実証して確固たるものにする。そういうことを義務化したらいいのでは、と思います。

 「遠隔医療」という言葉が最近私たちの周りで盛んにでてきます。SNSやネットを駆使して、医療機関のない僻地や、交通の便のないところにおられる方の診療を行う、というのが元々の趣旨であったかと思います。これがアベノミクスにより、都市部であっても求めに応じてやってもいいし、それに対して診療報酬で評価をつけよう、という動きが加速しています。なぜ安倍政権が推し進めるのか。それは医療をビジネスチャンスにできるからです。医師が患者さんを診るときは見て聞いて触るというのが基本です。状況に応じて遠隔医療を行うことは悪くはないと思うのですが、病院に行くのが面倒だから、仕事が忙しくて病院があいている時間にはいけないから、24時間いつでも見てほしいから、といった理由で遠隔医療が皆さんに認知されてしまうと、色々な問題が生じると思います。遠隔医療のシステムを医師一個人が作り上げることなどできませんから、一般の民間企業がシステムを構築し、医師を雇う(ここがポイントです。医師は会社の雇われ人になるということです)。画面越しの診療では判らないことがたくさんあります。おそらく日によって担当医はかわり、見解の相違が生まれる。そして見落とし、誤診。裁判となれば、責任は医師なのか。複数担当医がいるならば、誰に責任が生じるのか。それともシステムを作り、医師を雇用した企業なのか。揉めることは必至です。また、「看取り」もスマホ越しにしてもいいのではという話もでています。あなたや、あなたの身内が亡くなるとき、見たこともない医師からスマホの画面越しに「ご臨終です」といわれる時代がくるかもしれません。もっと悪く言えば、画面の向こうの人間が、医師かどうかも確認できないのです。

 岩盤規制の筆頭と揶揄される医療の世界。規制緩和は世の流れですし、専門家からみてできるところはやればいいと思います。でも経済を優先しすぎて、一般企業の金儲けの手段に医療をしてしまってもいいのかどうか。

 是か、非か。でもそれは民主主義の日本ですから、みんなで考えて決めていくしかないのでしょう。

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札幌にて

 先週の木曜日、金曜日にお休みを頂いて、学会に行ってきました。学会というのはほとんどが平日の後半に開催されますので、開業すると中々行けなくなります。医院を休めば患者さんに迷惑がかかります。病院で勤務しているときは他の先生に代役を頼めますが、開業すれば一人ですから頼める人もいません。また勤務医のときは病院から出張費を出してもらえましたので、費用の面でも助かりましたが開業すれば全部自腹です。ですので学会に行くというのは相当の思い切りがいります。でも新しい知識を得るためにはやはり必要です。今回8年ぶりに行くことにしました。
 私は元々膝関節が専門でしたので、今回も札幌で行われた膝関節メインの学会に参加しました。アカデミックな討論や発表をみていると、昔研究や手術に明け暮れていたころのことがよみがえり、懐かしく、そしてそこから取り残されていきつつある自分というのを感じます。他方、iPS細胞を使った関節軟骨の再生の研究や、難治性の疾患を根治させる薬の展望など、これから治療の幅が広がりそうな話もきけて、有意義な学会参加であったとも思います。
 学会では、昔一緒に膝関節について研究し、手術を行った先輩や後輩も参加してきます。何年かぶりの再開を果たし、夜は一緒に飲んで楽しく過ごしました。でも私も含め集まっている面々は平均50歳をこえる歳になり、私が師匠と慕っている先生も、来年からは後輩に学会参加の枠を譲って、自分は病院で留守番するんやー、と言われていました。世代交代ですね、と皆でいいながら、人生を折り返しつつあるなあと考える一日でした。
 大阪へ帰る飛行機の窓から北の大地を眺め、「もしかしたらこれで北海道へくるのも最後かもしれないなあ」と思いました。いつ終わりがくるか、わからない人生。日々を大事に過ごしていこうと思うこの頃です。

 師匠と慕う先輩が、とある場所で引用されていた、井伏鱒二の詩集の一節。

「この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ」

 

10年経ちました。

 当院は開院して本日で10年目を迎えました。いつも思うことですが、経てばあっという間。でも日々は色々大変。そうして迎えた10年という感じです。今朝、職員さんたちから予期せぬお祝いをしていただきました。ありがたいことだと思います。
 この10年。皆さんにどれだけのことができたのかわかりませんが、何かの役には立っているだろうという風に思うようにして、これからも頑張ろうと思います。

十善戒

 少し前に義父が他界しました。長い間病魔と闘い、頑張っておられましたが甲斐なくこの世を去られました。しばらくショックで色々手につきませんでしたが、久しぶりに書いてみようと思います。
 法要でご住職が読経をされるのをきいていて、気になる言葉がありました。十善戒。十の項目よりなる善なる戒め、です。仏教でいう「善」とは、結果として自分に安楽をもたらす行為、で、「戒」というのは自らが決心して自発的に行うものなのだそうです。
 十善戒は人間の行いを身体と言葉と心の3つに分類しています。
身体の戒めは、
不殺生・・・生きとし生けるものを命を持つものである限り故意に傷つけない、殺さない。
不偸盗・・・自分に与えられていないものを、故意に自分のものにしない。
不邪淫・・・故意に、よこしまな男女関係をもたない。
言葉の戒めは、
不妄語・・・嘘は、いわない。
不綺語・・・きれいごとやお世辞など、人の心を惑わすことは言わない。
不悪口・・・他人の悪口をいわない。
不両舌・・・人を仲たがいさせるようなことはいわない。
心の戒めは、
不慳貪・・・物惜しみをしない。欲張らない。
不瞋恚・・・どんなときも怒ってはならない。
不邪見・・・よこしまなものの見方、考え方をしない。

 長いお経のほんの一部分ですが、これだけのことが入っているのです。普段あまり信心深くはないですが、調べてみると深いなあ、と考えさせられます。自分のことを振り返ったとき、とても守れておらず、このままでは地獄いきだなあと思います。心を入れ替えて頑張ろうと思うこの頃です。

旅にでたい

 久々の更新です。今回は僭越ながらお薦めの本と、私のエッセイを。
 鉄道マニアには「撮り鉄(写真を撮ることだけが命)」「葬式鉄(廃止になる列車や路線だけ興味あり)」「スジ鉄(時刻表がバイブル。数字をみて妄想を膨らます)」などジャンルがあるのですが、私は一通りやった今、「模型鉄(鉄道模型に浸る)」と「乗り鉄(列車に乗って揺られているだけで幸せ)」に落ち着いています。先日書店で手に取った「青春18きっぷ ポスター紀行(講談社)」。JRの青春18きっぷのポスター写真集なのですが、その構成やキャッチコピーが、私を旅へと誘ってやみません。思えば、学生時代の夏休みや冬休みにはいつも放浪の一人旅に出ていました。その時に使ったのは20日間乗り放題の周遊券や、件の青春18きっぷでした。鈍行列車を乗り継ぎ、宿泊は夜行列車の固い座席で時刻表を枕にして眠り、夜行列車がないときはユースホステル。時間や乗り継ぎの都合上どうにもならない時だけ泣く泣く特急に乗る。そんな旅をしていました。この本をみていると、色々なことが思い出されてきます。
 大阪から2日かけて列車を乗り継ぎ、たどり着いた極寒の北海道でみた流氷。根室標津の一面の雪景色。夏の北海道ではレンタサイクルで走った富良野の丘。根釧台地で群れる丹頂鶴。サロベツ原野では見渡す限りの地平線というものを生まれて初めて見て感動。そこから出るはずの稚内へ行くバスが前日で運行終了となっていて、茫然としているときに声をかけてくれて最寄り駅まで送ってくれたおばさん。その後たどり着いた稚内の駅前の小汚い食堂で食べたほっけ定食は、今でも私の人生で一番おいしかったほっけです。リンゴの木々の向こうに見える岩木山。天候によりその色を変える日本海。萩でふらっと立ち寄った寿司屋さんのウニは、全く臭みがなく絶品でした。天竜川にひたすら寄り添う飯田線では日本の原風景に見とれました。今はなき、旧余部鉄橋では鈍行列車の窓を開け放ち、空を飛んでいる気分になれました。出雲の山奥の小さな駅で夕日の中、下りて行った親子連れの姿は、なぜか今も強烈に記憶に残っています。一日かけて回った紀勢本線からみる太平洋はどこまでも広く青く、呉線や予讃線からみる瀬戸内海は箱庭のようです。外輪をあえぎながら登るディーゼルカーに感情移入し、峠をこえたところで見えた阿蘇山の威容。この本をみていると、懐かしい旅の思い出がよみがえります。
 この本に出てくる写真は、マニアでない人でも十分楽しめるきれいな写真ばかりです。皆さんも書店で見かけたら、一度手にされてみてください。きっと旅に出たくなるはずです。私はもう出たくて仕方がありません。何とかならないものでしょうか。。。ではまた。

謹賀新年

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。恒例により、年頭に際し思うことをつれづれ書いてみたいと思います。
 オリンピックも終わり、今年はあまりこれといったイベントが思い当たりません。そんな中、何といってもアメリカ大統領がオバマ氏からトランプ氏に代わること。これが目につきます。まさか選ばれないだろうと思ってたら、あれよあれよという間に次期大統領になってしまいます。いったいアメリカはどうなるのか。日本はどんな影響を受けるのか。様々な憶測がでています。私は政治経済については素人ですから偉そうなことはいえませんが、勝手に思うことを述べてみたいと思います。なぜトランプ氏が選ばれたのか?これは今の政治体制や国のしくみに対して一般市民の皆さんが不満を持っていて、それを変えたいというのがやはり一番の要因だろうと思います。トランプなら何かやりそうだ、だから賭けてみよう。それにつきるのだろうと思います。数年前に日本でも政権交代がおき、民主党が政権を取りましたが、そのときと同じなのではと思います。日本では結局期待外れに終わり、息を吹き返した自民党が好き放題やっていますが、はたしてトランプ氏はどうなるのか。早速大企業に圧力をかけてアメリカで工場を作るように脅しをかけています。やり方がいいとは思いませんが、この無理矢理感は民主党にはなかったアクションです。吉と出るのか、凶と出るのか。見守りたいと思います。というか、見守るしかありませんが。

大阪マラソン

 今年も昨日、大阪マラソンが開催され、昨年に引き続き救護班医師として出務してきました。今年も天候に恵まれ、多くのランナーの皆さんが無事完走されたようです。救護班でも大事はなく、昨年よりも負傷者は少なく、ほっとしているところです。昨年、今年と出務しまして気づいた点をいくつか。
 大事には至らないとはいえ、脱水症状で動けなくなる方、嘔吐する方、筋けいれんが収まらず動けなくなる方は一つの救護所だけでも数十人おられます。皆さん当然ケアはされているとは思いますが、くれぐれも水分補給と無理をしないことを心がけましょう。
 参加者も国際化がすすみ、中国、韓国、台湾、アメリカなど多数の国々の方が参加されるようになってきています。今年は中国語と英語に対応できるスタッフがいましたが、韓国語は対応できず、苦労する場面がありました。他の場所ではエチオピアの方(おそらく招待選手?)もおられて苦労されたという話を聞きました。難しいところではあります。
 救護所の前のコースわきにごみ入れが設けられていたのですが、ランナーの皆さん、しんどいにもかかわらずみんな自分のごみをちゃんと立ち止まって捨てていかれました。道端に投げ捨てる人は皆無。日本人ってすばらしい。スポーツマンってすばらしい。それを実感して嬉しくなりました。
 着ぐるみをまとって走る方も多いのですが、2年やってて、こういう方々が救護所に入ってくるのを見たことがありません。よほどの地力があるということなのでしょうか。謎です。
 おそらく来年も出務することになると思います。どこかでお会いすることがあれば面白いですが。。。まあでも走っている途中で私に会いに来るということは、だめなことなんですけどね。。。

無事に

 去る8日土曜日、予定通り講演会が行われました。当日は雨の予報でしたが外れて、200人を超える皆さんにお越しいただきました。頑張ってお話ししたつもりですが、経験値がないもので棒読みになってしまいました。お越しいただいた方々に伝わったか、心配です。つたない講演を聞いてくださった皆さん、ありがとうございました。今後もなぜか講演する機会が続きます。精進していく所存ですので、機会があればよろしくお願いいたします。

どうしろというのか [医療]

 今日、こういう記事を目にしました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160917-00000040-jij-pol
厚生労働省は16日、高齢者らの自立支援に取り組み、介護サービスを受けるのに必要な「要介護認定」を受けた人の割合(認定率)を下げた都道府県と市区町村に財政支援する方針を固めた。
のだそうです。
 いろいろな考え方はあるでしょう。膨らむ社会保障費をどうにかしないといけないのもわかります。でもこれってどうなのでしょうか。
 やり方が汚いのです。介護にかかるお金を減らしたいのなら、国民全体の前に官僚や政治家が直接でてきて、納得のいく説明をして施策を実行すればいい。納得がいけば、国民もばかじゃないから賛成するでしょう。介護を受けたい高齢者に対して直接相対するのは医療関係者と市町村の担当者です。「高い保険料も払っているのに、また年をとってきてどんどん動けなくなってきているのになんで今まで通りの介護が受けられないのですか?」と責められるのは医療関係者と市町村の担当者です。いつだって国は、現場に上記のような汚い圧力のかけ方をしてきます。
 あまり話題にもなっていませんが、来年度から「要支援」の認定を受けている人は、介護保険から切り離され、市町村の独自の福祉政策を受けるようになることが決まっています。勝手な想像ですが、「要介護度」の低い人を「要支援」にして、介護保険から切り離してくれた市町村は、増えた「要支援」の人の面倒を見なければならなくなるからお金がかかる。それを補填してあげましょう、ということなのかなと推察します。
 ただ市町村が具体的にどのような支援を行うのか、ほとんど決まっていないのではないのでしょうか。医師会の会合にでていても、まだ何の動きもみられません。半年後には始まるのですが。
 社会保障費が膨らむことは、もう数十年前からわかりきっていたことです。その間何もせず、目先の有権者の顔色ばかりを窺ってきた政治家が仕事をしないからこういうことになるのです。今更騒いでもどうにもなりません。我々には何ができるのか。介護を受けなくてもいい体を作るしかありません。そのために「ロコモ」を皆さんに知ってもらいたいのです。「ロコモ」とは正式にはロコモティブシンドロームといいます。和名を運動器症候群と言います。ロコモとは、運動不足、加齢、運動器の障害によって、足腰が弱って歩行や立ち座りに支障が出始めた状態で、進行するとそう遠くない将来に介護、介助が必要になる危険性が高い状態のことで、寝たきり生活の第1歩を踏み出した状態です。
 来る10月8日、大阪狭山市のさやかホールにて、整形外科医が主体となって、「ロコモ」のお話と、「ロコモ」であるかどうかのチェックを行い、体操指導を行います。私も講演を行いますので、ぜひご参加のほど、お願いいたします。
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